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研究成果・プレスリリース

【プレスリリース】「赤と緑はなぜ見分けられるのか」霊長類色覚の分子構造を解明 ~赤・緑錐体視物質の構造を原子レベルで決定、30ナノメートルの謎に迫る~

2026.6.26

 発表のポイント 

  • 世界初:霊長類の「赤」と「緑」の視物質の立体構造を原子レベルで解明
  • わずか3つのアミノ酸が「色の見分け」を支配する仕組みを特定
  • 錐体特有の「横穴」構造を発見:迅速な視覚再生の鍵を提示
  • 色覚多様性の理解から次世代の創薬・治療戦略への応用に期待
 

 概要 

ヒトを含む霊長類の色覚は、赤・緑・青の3種類の「錐体 (すいたい) 視物質(注1)」によって実現されています。なかでも赤と緑の視物質は、アミノ酸配列の約96%が共通しているにもかかわらず、吸収する光の波長に約30 nmもの差があり、このわずかな違いが赤と緑の識別を可能にしています。しかし、この波長差を生む立体構造上のメカニズムは、色覚研究における長年の大きな謎でした。
名古屋工業大学生命・応用化学類の片山耕大准教授らの国際共同研究グループは、霊長類 (マカク)の赤および緑錐体視物質の「暗状態 (光を受ける前の状態)」における三次元構造を、クライオ電子顕微鏡単粒子解析(注2)により世界で初めて原子レベルで決定しました。さらに量子化学計算(注3)と統合解析を行うことで、光を吸収する物質 (レチナール(注4)) 自体の構造は両者でほぼ同一である一方、赤錐体に特異的な3つの親水性アミノ酸残基の「配置」や「電気的な性質 (双極子モーメント(注5))」の違いにより生じる静電環境が、赤と緑の見分けを実現する決定的要因であることを明らかにしました。
また、暗所視を担う「桿体 (かんたい) 視物質 (ロドプシン)」との比較から、錐体視物質における膜側面の構造的空隙 (横穴) (注6)を見出しました。さらなる解析の結果、レチナールの「放出」と「取り込み」は、それぞれ異なる経路を通じて行われる可能性が示されました。活性化に伴う膜側面の横穴の形成自体はロドプシンでも見られますが (第一の横穴)、錐体視物質では、暗状態においてすでに「取り込み側」の経路 (第二の横穴) が開いた構造をとっていることが明らかになりました。この構造的特徴により、レチナールの取り込み効率が高まり、光応答後の再生が迅速に進行することで、錐体特有の高速な視覚サイクルを支えていると考えられます。加えて、錐体視物質では暗状態でも活性型に近い柔軟な構造をとる性質も確認されました。これらは錐体特有の「高速な光応答」や「迅速な視覚再生」を支える重要な構造基盤であり、強い光にさらされる日中の環境下で、色覚機能を連続的に維持するために錐体視物質が獲得した構造的適応であると考えられます。本成果は、色覚の分子機構の理解を飛躍的に進展させるものであり、将来的な視覚疾患の病態解明や創薬研究への大きな貢献が期待されます。
本研究は、名古屋工業大学生命・応用化学類の片山耕大准教授、大橋沙也佳氏(博士後期課程3年)、神取秀樹特別教授、東京大学先端科学技術研究センターの加藤英明教授、イタリア・シエナ大学のMassimo Olivucci教授、京都大学医学部の岩田想教授、医生物学研究所の野田岳志教授、ヒト行動進化研究センターの今井啓雄教授、関西医科大学医化学講座の小林拓也教授、東北大学大学院生命科学研究科の南後恵理子教授らとの国際共同研究として実施されました。
 
本研究成果は、2026年6月25日午後2時 (EDT)に米国科学誌「Science」誌に掲載されます。
 
本研究成果の概要
 
 

 研究の背景 

ヒトを含む霊長類の視覚は、暗い環境で機能する「桿体視物質 (ロドプシン)」と、日中の豊かな色彩を識別する「錐体視物質」という2種類の光受容タンパク質によって支えられています。霊長類は赤・緑・青の3種類の錐体視物質を持ち、それぞれが異なる波長の光を吸収することで、複雑な色覚を実現しています。興味深いことに、赤と緑の視物質はアミノ酸配列の約96%が共通しているにもかかわらず、吸収する光の波長には約30 nm (赤:約560 nm、緑:約530 nm) という決定的な差があり、このわずかな分子の差が私たちに精緻な赤緑識別能力をもたらしています。しかし、この波長差が「どのような立体構造に基づいて生じるのか」は、色覚研究における四半世紀にわたる大きな謎でした。
暗所視を担うロドプシンについては、2000年にX線結晶構造が決定され、立体構造に基づく機能理解が飛躍的に進展しました。一方、色を司る錐体視物質は、タンパク質として非常に不安定であり、実験室での発現や精製が極めて困難であることから、原子レベルの精密な構造情報を得ることは、世界中の研究者が挑んでも成功しない極めて高い壁とされてきました。そのため、これまでの研究は主に赤外分光法などの間接的な手法に依存しており、発色団周辺の環境が重要であることは示唆されてきたものの、タンパク質全体の三次元構造の中でそれらがどのように配置され、どのような静電的相互作用を通じて波長を調節しているのかを直接的に可視化した例はありませんでした。
本研究は、この長年未解明であった霊長類の色覚を支える分子基盤を、最先端のクライオ電子顕微鏡技術と量子化学計算を統合することで、立体構造解析の観点から直接的に解明することを目的として実施されました。
 
 
 

 研究の内容・成果 

本研究グループは、最先端のクライオ電子顕微鏡単粒子解析を用い、霊長類 (マカク) の赤および緑錐体視物質の構造を、分解能3.2〜3.7 Å (オングストローム) で決定することに世界で初めて成功しました。この構造決定には、タンパク質構造予測ツール (AlphaFold2) と独自アルゴリズムを組み合わせたコンストラクト最適化プログラム (NOAH) (注7) を活用し、構造解析に適した試料設計を効率的に行ったことが大きく寄与しています。これにより、光を受ける前の「暗状態」における視物質の精密な三次元構造が明らかになり、長年謎であった色覚の分子基盤へ直接迫ることが可能となりました。得られた構造を詳細に比較した結果、光を吸収する中心分子である「レチナール」自体の化学構造は両者でほぼ同一である一方、赤錐体に特異的な「3つの親水性アミノ酸残基」がレチナール周辺に形成する構造的環境の違いが、吸収波長を長波長側 (赤側) へとシフトさせる決定的な要因であることを突き止めました。

この波長制御の仕組みをさらに深く検証するため、赤・緑視物質間でアミノ酸を入れ替えた変異体実験と、三次元構造に基づく精密な量子化学計算を統合して解析を行いました。その結果、これら3つの残基による影響は、レチナールとの単純な距離だけでは説明できず、アミノ酸側鎖の「向き」や「電気的な性質 (双極子モーメント)」といった空間的な静電環境に強く依存していることが判明しました。すなわち、原子レベルで緻密に設計されたタンパク質内部の静電的な差異こそが、赤と緑を分ける「約30 nm」という絶妙な波長差を生み出している実態を、世界で初めて構造基盤に基づいて証明しました (図1)。

 
図1. 赤と緑の波長差を生み出す分子構造の違い
 
 
さらに本研究では、錐体視物質の膜側面に存在する「構造的な空隙 (横穴構造)」に着目し、従来知られていた第一の横穴がレチナールの「放出」に関与するのに対し、本研究で明らかにした第二の横穴構造が「取り込み」に関与する可能性を見出しました。特に、第二の横穴を形成するアミノ酸残基に変異を導入し分光解析を行った結果、この経路がレチナールの取り込み効率に関与することが示唆されました (図2)。これは、強い光にさらされる日中の環境下で、色覚機能を連続的に維持するために錐体視物質が獲得した構造的適応であると考えられます。
加えて、ロドプシンとの詳細な構造比較により、錐体視物質は光を受ける前の静止状態であっても、細胞内側の一部が「活性型」に近い柔軟な構造をとっていることを見出しました。常に安定な不活性状態を保つロドプシンとは対照的に、錐体視物質はあらかじめ活性化への準備を整えた構造的特徴を有しており、これが光刺激に対して「速く、繰り返し応答する」という、色覚特有の機能特性を支える分子レベルの裏付けとなりました。これらの成果は、波長選択 (色の識別) と高速応答 (感度調節) という、錐体視物質の根幹をなす二つの機能を、統一的な構造基盤から説明する画期的な発見です。

図2.新たに見出した横穴構造によるレチナール取り込み機構
 
 
 

 社会的な意義・今後の展望 

本研究は、霊長類が持つ精緻な色覚の仕組みを、立体構造という物理的な証拠に基づいて初めて明らかにしたものです。アミノ酸配列が約96%共通していながら、わずか数個のアミノ酸の配置や電気的な性質の違いが、赤と緑を分ける「30 nm」の波長差を生み出す。この洗練された分子メカニズムを原子レベルで統合的に説明した点に、生命科学における極めて深い意義があります。

この発見は、基礎研究の枠を超えた社会的な広がりを秘めています。赤および緑錐体視物質は、ヒトにおける色覚多様性 (先天赤緑色覚異常) に深く関わるタンパク質です。本研究によって「色を識別するための設計図」が手に入ったことで、遺伝子変異がどのようにタンパク質の構造を変化させ、光の捉え方に影響を及ぼすのかを精密に予測する土台が整いました。これは、将来的に色覚多様性を分子レベルで正しく理解する一助となるだけでなく、視覚疾患の病態解明や、新たな診断・治療戦略を構築するための重要なマイルストーンとなります (図3)。
図3.色覚の分子理解が拓く社会的応用と未来
 
さらに、本研究の知見は次世代の創薬研究にも寄与します。視覚受容体が属するGタンパク質共役型受容体 (GPCR) (注8)は、主要な医薬品の標的となる重要な分子群です。今回見いだした「微細な構造配置による機能制御」や、錐体視物質の暗状態における「横穴構造」といった知見は、他のGPCRを標的とした新薬開発においても、より精密な分子設計を行うための新たな指針を与える可能性を秘めています。
「私たちは、どのように光を捉え、世界を彩っているのか」。本研究はこの根源的な問いに対する構造生物学からの重要な回答であり、同時に次なる探求への出発点でもあります。今後は、光を受けた受容体が瞬時に形を変え、信号を脳へと繋いでいく「動的なプロセス」の解明が重要な課題となります。視覚情報の全体像を構造基盤から描き出すことで、ヒトの知覚の源流に迫る研究の進展が期待されます。
 
 

 用語説明 

(注1) 錐体 (すいたい) 視物質
ヒトを含む霊長類の網膜にある「錐体細胞」に存在し、色を感知するタンパク質。赤・緑・青の3種類があり、それぞれが特定の波長の光に反応することで、脳が色を識別します。一方、暗い場所で働く視物質は「桿体視物質 (ロドプシン)」と呼ばれます。
 
(注2) クライオ電子顕微鏡単粒子解析
タンパク質などの生体分子をマイナス180℃以下の急速凍結状態で観察し、電子顕微鏡で撮影した多数の分子像から、その3次元構造を決定する手法。結晶化が困難な不安定なタンパク質でも、原子レベルの精密な構造を捉えることが可能です。
 
(注3) 量子化学計算
量子力学の原理に基づき、分子内の電子の振る舞いを計算することで、物質の性質を予測する手法。本研究では、タンパク質内部の複雑な静電環境が、レチナールの吸収する光のエネルギー (波長) にどのような影響を与えるかを精密に解析するために用いられました。
 
(注4) レチナール (発色団)
ビタミンAから作られる、光を受け取るための小さな分子。視物質タンパク質の内部に結合しており、光を吸収するとその形を変化させます。これがスイッチとなり、タンパク質全体の構造変化を引き起こして視覚信号が発生します。
 
(注5) 双極子モーメント
分子やアミノ酸残基内部における、プラスとマイナスの電荷の偏りの大きさと方向を示す指標。本研究では、赤錐体特有のアミノ酸が持つこの「電気的な偏り」の向きが、レチナールとの相互作用を通じて波長を長波長側へシフトさせていることを突き止めました。
 
(注6) 構造的空隙 (横穴構造)
タンパク質分子の内部から外部 (膜側面) へと通じている小さな隙間。本研究では、錐体視物質において、光によって変性したレチナールを排出し、新しいレチナールを迅速に取り込むための「搬入口」として機能している可能性が示されました。
 
(注7) NOAH 
タンパク質構造予測 (AlphaFold2) を活用し、クライオ電子顕微鏡解析に適したタンパク質コンストラクトを効率的に設計するために開発された独自プログラム (NOAH:NOn-experimental, AI-assisted High-throughput construct screening)。
本手法の詳細は関連論文 (https://doi.org/10.64898/2026.04.02.716066) に報告されています。
 
(注8) Gタンパク質共役型受容体 (GPCR)
細胞膜に存在し、ホルモンや光などの外部刺激を細胞内へと伝える役割を持つ受容体の総称。ヒトには約800種類存在し、その重要性から現在市販されている医薬品の約3割がこのGPCRを標的としています。視物質もこのファミリーの代表的な一員です。
 

 論文情報 

<論文名>
Structural insights into spectral tuning and retinal exchange in cone visual pigments
<著者名>
Sayaka Ohashi, Kota Katayama*, Asato Kojima, Xuchun Yang, Masahiro Fukuda, Filippo Sacchetta, Ryoji Suno, Yukihiko Sugita, Nipawan Nuemket, Suhyang Kim, Kazuhiro Kobayashi, Hiroo Imai, So Iwata, Eriko Nango, Takuya Kobayashi, Takeshi Noda, Massimo Olivucci*, Hideaki E. Kato*, Hideki Kandori*
*責任著者
<掲載雑誌名>
Science
<公表日>
2026年6月25日
<DOI>

 本研究は、「JST 創発的研究支援事業 (課題番号:JPMJFR240U, JPMJFR204S)」、「JST 戦略的創造研究推進事業 CREST (課題番号:JPMJCR25B5, JPMJCR1753, JPMJCR21P3, JPMJCR23B1)」、「JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ (課題番号:JPMJPR19G4, JPMJPR24OF)」、「JST 戦略的創造研究推進事業 ACT-X (課題番号:JPMJAX222F)」、「JSPS 科学研究費助成事業 (課題番号:JP20H05440, JP21H04969, JP22H00400, JP25H01338, JP 24H02262, JP25K09525, JP26H00459, JP26H00461, JP19H03428, JP24K02231, JP24K18060, JP25H02243, JP21H05111, JP21H05112, JP26K18246, JP25KJ1446, JP24KJ0981)」、「AMED 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム (課題番号:JP24bm1123057)」、「AMED-BINDS 生命科学・創薬研究支援基盤事業 (課題番号:JP23ama121001, JP23ama121002, JP24ama121001, JP24ama121002)」、「AMED 創薬基盤推進研究事業 (課題番号 JP26ak0101309h0001)」、「文部科学省・学際領域展開ハブ形成プログラム・マルチスケール量子-古典インターフェース研究コンソーシアム (課題番号:JPMXP1323015482)」、「京都大学ヒト行動進化研究所 共同利用研究プロジェクト」、「京都大学研究連携基盤」、「中山人間科学振興財団」、「中島記念国際交流財団」、「光化学技術研究振興財団」、「アステラス病態代謝研究会」、「風戸研究奨励会」などの支援を受けて行われました。

 
 
 

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【広報担当】
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