研究成果・プレスリリース
【プレスリリース】NanoTerasu のビームラインで タンパク質結晶立体構造解析を開始 ─ 全自動測定とスパコンAOBAによる即時データ解析により ライフサイエンスを加速 ─
発表のポイント
- 3GeV 高輝度放射光施設 NanoTerasuのビームライン、BL09Uでタンパク質の立体構造を原子レベルで決定することが可能となりました。
- メールイン(注1)全自動測定と大規模計算科学計算システムスーパーコンピュータ AOBAによる即時データ解析で高速データ創出を実現します。利用者は試料を送付するだけで、創薬の初期段階であるリード最適化期間(注2)を大幅に短縮できます。
- 本ビームラインは、NanoTerasuの他のビームラインや、東北大学のクライオ電子顕微鏡等の既存インフラと連携します。分子から細胞、組織までのマルチスケール観察(注3)を可能にし、アカデミア創薬(注4)を加速する拠点化を推進します。
概要
国立大学法人東北大学(以下、東北大学)、一般財団法人光科学イノベーションセンター(以下、PhoSIC)及び国立研究開発法人日本医療研究開発機構(以下、AMED)は、11月11日より、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(以下、NanoTerasu)のコアリションビームラインBL09Uにおいて、東北大学が中心となって整備を進めてきたタンパク質構造解析エンドステーション(以下、MX-ES)の運用を開始します。
本MX-ESはタンパク質のような複雑かつ巨大な生体高分子の立体構造を原子レベルで決定することが出来るエンドステーションで、メールインによる完全自動測定と東北大学サイバーサイエンスセンターが運用するスーパーコンピュータAOBA(注5)とのシームレスなデータ統合連携を特徴とし、膨大な数のサンプルの立体構造を原子レベルで迅速に決定することが可能です。
AMEDの生命科学・創薬研究支援基盤事業(注6)では、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(以下、「BINDS」(注7))を整備、活用し、タンパク質構造解析に代表されるライフサイエンス・創薬分野における様々な支援を行っています。タンパク質構造解析に係る支援をさらに強化・効率化するため、同事業において、本MX-ESを創薬基盤の強化に不可欠な要素として位置づけ、整備(設備、移設、設置にかかる費用を負担)を行っています。
本MX-ESの稼働は、2024年ノーベル化学賞の受賞対象となったAI駆動型タンパク質設計・構造予測技術(AlphaFold2, Rosetta等)が切り拓いた生命科学の新時代に対応するものでもあります。AIが生成した膨大な数のアイデアや候補構造を、短時間でかつ原子レベルの精度で「検証」し、創薬や新機能性材料の実用化を加速するための戦略的なインフラとなります。
本MX-ESによる高精度かつ高スループットなタンパク質構造解析環境の提供は、AIがもたらす創薬アイデアの検証速度を飛躍的に向上させるものであり、この最先端インフラを活用した支援を通じて、革新的な医薬品開発やライフサイエンス・創薬研究における国際競争力強化の更なる推進が期待されます。
詳細な説明
- 整備の背景
特に薬剤設計のリード最適化期間における大規模な化合物スクリーニングにおいては、試料準備、測定、構造解析という研究サイクルを、わずかな期間に何度もまわす必要があります。研究を加速し、絶えず測定機会を提供するため、高度な全自動測定を有する新たな実験ステーションの開発が期待されてきました。
- 今回の取り組み
本MX-ESは、研究者が全国どこからでも結晶サンプルを送付するだけで、ロボットアームと自動化システムがデータ収集までを連続的かつ無人で実施します。NanoTerasuの3GeV高輝度放射光を使用すると、微小な結晶からも高品質なデータを短時間で取得することができます。この高精度と自動化の組み合わせにより、多種多様なタンパク質や薬剤複合体構造の高速スクリーニングと検証が可能となります。
またMX-ESで取得された膨大な量のデータ(回折イメージ)は、地域連携の強みとして、直ちに東北大学サイバーサイエンスセンターが運用するスーパーコンピュータAOBAに送られ、自動的に処理が行われます。研究者は処理結果(回折強度リスト)を即座にダウンロード可能で、研究室での構造確認に進むことが出来ます。物理インフラ(NanoTerasu)とデジタルインフラ(AOBA)の密な連携により、データ取得から最終的な原子レベルの立体構造決定までの時間差を最小限に抑え、フィードバックサイクルを飛躍的に短縮し、創薬研究での開発候補となるリード化合物の最適化プロセスを大幅に加速させます。
MX-ESは、東北大学の創薬戦略推進機構先端生体高分子構造研究センター(注10)による測定支援のもと、より多くのユーザーが効果的に利用できる体制を整えています。本センターの会員になることで、NanoTerasuのPhoSICのコアリションメンバー以外の方も、MX-ESの利用が可能になります。
- 今後の展開
また、本MX-ESにおける完全自動測定システムによるタンパク質結晶構造解析が、新規にAMEDによるBINDSの対象に加わることにより、国内のライフサイエンス・創薬研究への更なる寄与が期待されます。
MX-ESの整備・運用主体である東北大学には、既に学外にも共有されているクライオ電子顕微鏡をはじめとした多岐にわたる研究インフラがあります。今回の取り組みがこれらと連携することで、ひとつの事象を複数の手法で観測することによる多角的な構造生物学研究が加速されます。特に、東北大学創薬戦略推進機構が進めるアカデミア創薬に対し、タンパク質結晶構造解析という新たなツールが加わることで、その発展に大きく貢献すると期待されます。


謝辞
整備は、AMED生命科学・創薬研究支援基盤事業(課題番号:JP25ama121001、課題名:生命科学と創薬研究に向けた相関構造解析プラットフォームによる支援と高度化)の支援、国立研究開発法人理化学研究所放射光科学研究センター(理研RSC)の山本 雅貴 部門長、並びにSPring-8構造生物学ビームラインのスタッフ(理研RSC、公益財団法人高輝度光科学研究センター回折・散乱推進室)の皆様の多大なるご協力により行われました。
用語説明
異なるスケール(大きさ、例えば分子レベルから細胞・組織レベルまで)で試料を観察し、それぞれの情報をつなぎ合わせて総合的に解析する研究手法。
大学や研究機関(アカデミア)が、独自の研究成果を基に、基礎研究から創薬シーズ(新薬のタネ)の探索・開発までを行う取り組み。
国内のライフサイエンス・創薬分野に従事する研究者を対象に、最先端の技術・機器を活用して高度な研究支援を実施するAMED補助事業。全国の支援機関において、構造解析に係る大型機器(クライオ電子顕微鏡、放射光施設等)、創薬研究に必要な化合物ライブラリー、疾患モデル細胞・動物による評価、新規モダリティ探索、インシリコスクリーニング、生命現象を追究するオミックス解析などの支援を提供する。
創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(バインズ;Basis for Supporting Innovative Drug Discovery and Life Science Research)。
結晶構造に入射したX線が回折する性質を利用して、結晶の原子構造や分子構造を決定する解析手法。タンパク質の場合、精製したタンパク質溶液に結晶化試薬を混合させて結晶を得たあと、その結晶にX線を照射してX線回折データを取得する。X線回折データを解析することで、タンパク質の3次元電子密度図が得られ、それを基にタンパク質の原子モデルを構築する。
タンパク質溶液を急速凍結した後、電子顕微鏡で撮影し、得られた多数の2次元像からコンピュータで立体構造を再構成する技術。結晶化を必要とせず、生理的な環境に近い水溶液中の詳細な構造を解析できる。
NanoTerasuにおけるタンパク質等のX線結晶構造解析を支援。放射光X線による生体高分子の構造データを通して、生命科学研究の進展と創薬をはじめとする応用研究への貢献を目指す。
問い合わせ先
【研究に関すること】
教授 南後 恵理子(ナンゴ エリコ)
TEL: 022-217-5345
【報道に関すること】
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp
お問い合わせ
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
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