Tohoku University, International Center for Synchrotron Radiation Innovation Smart (SRIS)

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研究成果・プレスリリース

【プレスリリース】閃光で一瞬!スピンデバイスを作る - ミリ秒光パルス照射で、磁気メモリ・センサの熱処理を約1.7秒で完了 -

2026.5.13
 研究成果のポイント 
  • ミリ秒スケールの光パルスの繰り返し照射により、磁気メモリや磁気センサに用いられる磁気トンネル接合(MTJ)※1を、約1.7秒で実用的な性能に到達させる超高速熱処理技術を実証
  • 従来の熱処理では、MTJの結晶化と元素拡散を適切に制御し、実用的な性能を得るために熱処理炉による数十分〜数時間の過熱が必要だった
  • スピントロニクス※2デバイスの製造プロセスの高速化・低消費エネルギー化につながり、次世代メモリや高感度磁気センサ、さらにはフレキシブル基材上のスピン力学センサの量産技術への展開に期待
 

 研究概要 
 

大阪大学産業科学研究所の今井亜希子助教、千葉大地教授(兼 東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター センター長)らの研究グループは、荒木徹平准教授、関谷毅教授、同大学 超高圧電子顕微鏡センターの山﨑順教授らと共同で、フラッシュランプアニール(閃光熱処理)※3と呼ばれるミリ秒スケールの光パルスを用いた熱処理手法により、磁気メモリや磁気センサに用いられる代表的なスピントロニクスデバイスである磁気トンネル接合(MTJ)を、約1.7秒で実用的な性能に到達させることに成功しました(図1)

図1:フラッシュランプアニールによる磁気トンネル接合の瞬間熱処理のイメージ。
 

フラッシュランプアニールは半導体分野などで知られる技術ですが、本研究ではこれをMTJに適用し、短時間の非平衡加熱によって機能発現を実現しました。MTJの熱処理では、デバイスを構成する多層ナノ薄膜(ナノは1メートルの10億分の1)の結晶化と元素拡散の制御が重要であり、従来は数十分〜数時間におよぶ長時間の加熱によって最適化されてきました。本手法により、デバイス形成に要する処理時間を、最大で数千分の1まで大幅に短縮できることを示しました。

本成果は、スピントロニクスデバイスの製造プロセスの高速化・低消費エネルギー化につながるとともに、次世代メモリや高感度磁気センサ、さらにはフレキシブル基材上に形成するスピン力学センサなどへの応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌 『npj spintronics』(オンライン)に、5月12日(火)18時(日本時間)掲載されました。

 
【千葉教授のコメント】
スピントロニクスデバイスにフラッシュランプアニールを適用できるのではないかという興味から始まった研究ですが、実用的な磁気トンネル接合の製造プロセスにも適用可能であることを示すことができました。元素拡散と結晶化の時間スケールの違いに着目したデバイス設計や、基材への熱ダメージを抑えた生体親和性の高いデバイスの熱処理など、さらなる展開が期待されます。
 
 

 研究の背景 

MTJは、磁気メモリ(MRAM)や磁気センサに用いられるスピントロニクスデバイスです。中でも、Co-Fe-B/MgO/Co-Fe-BからなるMTJ※4は、高いトンネル磁気抵抗(TMR)効果※5を示す代表的な材料系として広く用いられています。これらのMTJでは、成膜後の熱処理によって元素拡散を伴いながら、磁性体層であるCo-Fe-B層や、トンネル障壁層であるMgO層の結晶化が進行し、実用にとって不可欠な高い抵抗変化率が得られます。従来は、熱処理炉を用いて、300-500℃程度の加熱を数十分から数時間行うことにより、デバイス特性の最適化が図られてきました。
フラッシュランプアニールは、半導体プロセスなどに用いられてきた超高速熱処理技術であり、Xe(キセノン)ランプによる閃光パルス照射により材料表面を瞬間的に高温へと加熱できます。このような超短時間の非平衡加熱は、従来の熱処理とは異なる時間スケールでの材料形成を可能にします。本研究では、このフラッシュランプアニールをMTJに適用し、熱処理の大幅な時間短縮と機能発現の両立を目指しました。
 
 

 研究の内容 

研究グループは、フラッシュランプアニールを用いてMTJの熱処理を行い、約100%のTMR比を得ることに成功しました。従来の熱処理では数十分〜数時間を要するのに対し、本手法ではミリ秒スケールの光パルスの繰り返し照射により、MTJ表面を瞬間的に1000℃程度まで加熱することで、約1.7秒という極めて短い時間で同等の特性を発現させることが可能であることを示しました(図2)。

図2:光パルスを繰り返し照射した際の積算時間に対するトンネル磁気抵抗比の変化。☆は通常の熱処理(熱処理炉)で得られた結果。
 
 
さらに、透過電子顕微鏡(TEM)による断面観察により、フラッシュランプアニール後のMTJにおいてMgO層との界面のCo-Fe-B層に結晶化が生じていることを確認しました。加えて、エネルギー分散型X線分析(EDX)による元素分布の評価から、従来の熱処理と比較してCo-Fe-B層のBの元素拡散挙動に違いがあることが明らかとなりました。特に、フラッシュランプアニールでは短時間の非平衡加熱により、元素拡散が相対的に抑制された状態で結晶化が進行している可能性が示唆されます。この結果は、フラッシュランプアニールにおいて、従来の熱処理とは異なる結晶化と元素拡散の進行挙動が現れることを示しています。今後は、NanoTerasu※6などの放射光施設を用いた詳細な構造解析により、こうした非平衡過程における結晶化と拡散の関係に対する理解がより深まることが期待されます。
 
 

 本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義) 

本研究成果により、磁気トンネル接合(MTJ)をはじめとするスピントロニクスデバイスの熱処理工程を大幅に時間短縮できる可能性が示されました。従来、数十分〜数時間を要していた熱処理を数秒程度に短縮できれば、製造プロセスのスループット向上やエネルギー消費の低減につながり、デバイス製造の高効率化に大きく寄与すると期待されます。
また、フラッシュランプアニールは、加熱される深さを制御できる点にも特徴があります。この特性を活かすことで、従来の高温プロセスでは適用が難しかったフレキシブル基材や生体親和性材料上へのデバイス形成が可能となれば、フレキシブル基材上へ形成したスピン力学センサなどへの新たな応用展開につながることが期待されます。
 
 

 特記事項 

本研究成果は、2026年5月12日(火)18時(日本時間)に、英国科学誌 『npj spintronics』 (オンライン)に掲載されます。
タイトル:“Ultrafast flash lamp annealing of magnetic tunnel junctions”
著者名:Akiko Imai, Shinya Ota, Jun Yamasaki, Teppei Araki, Yasushi Kanai, Tomohiro Koyama, Tsuyoshi Sekitani, and Daichi Chiba
DOI:https://doi.org/10.1038/s44306-026-00145-z
なお、本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR20C6)、同 研究成果最適展開支援プログラムA-STEP産学共同(本格型)(課題番号:JPMJTR233A)、同 共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)(課題番号:JPMJPF2115)、JSPS科学研究費補助金(助成番号:JP21K18827 および JP23H001830)、文部科学省次世代X-nics半導体創生拠点形成事業(課題番号:JPJ011438)およびスピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク拠点の支援を受けて行われました。本研究の一部は、「文部科学省(MEXT)ナノテクノロジー・プラットフォーム・プログラム『先端特性評価ナノテクノロジー・プラットフォーム』(助成番号:JPMXP09A21OS0030)」および「文部科学省(MEXT)ARIMプロジェクト(助成番号:JPMXP1222OS0039)」の支援を受けて実施されました。
 


 用語説明 

※1 磁気トンネル接合 (MTJ)
2層の磁性ナノ薄膜の間に、非常に薄い絶縁体薄膜(トンネル障壁)を挟み込んだ構造を持つ代表的なスピントロニクスデバイスです。磁化状態(N極-S極の向き)に応じて電気抵抗が変化する特性を利用し、超微小な磁界を検出する磁気センサや、ハードディスクの読み取りヘッド、固体磁気メモリ(MRAM)の記録素子として実用化されています。
 
※2 スピントロニクス
電子が持つ「電荷」の自由度に加えて量子的な性質である「スピン」の自由度も利用することで、従来のエレクトロニクスでは実現できなかった機能を有するデバイスの実現を目指す研究分野です。
 
※3 フラッシュランプアニール(閃光熱処理)
Xe(キセノン)ランプによる高エネルギーのフラッシュでミリ秒単位の超高速な熱処理を実現する手法です。超高速ゆえに、元素の拡散を抑えながら、材料表面のみを局所的に熱処理できるという特徴があります。
 
※4 Co-Fe-B/MgO/Co-Fe-BからなるMTJ
Co-Fe-B(コバルト・鉄・ホウ素合金)を磁性層、MgO(酸化マグネシウム)をトンネル障壁として用いた磁気トンネル接合です。高いトンネル磁気抵抗比と優れた信頼性を持ち、磁気メモリや磁気センサとしてすでに広く実用化されています。熱処理によって、高いトンネル磁気抵抗比が得られます。
 
※5 トンネル磁気抵抗(TMR)効果
磁気トンネル接合(MTJ)において、2層の磁性層の磁化の相対角度に応じて、トンネル障壁を介した電子のトンネリング確率が変化し、電気抵抗が変化する現象です。
 
※6 NanoTerasu
高輝度な放射光(X線)を観察対象物に照射し、ナノスケールでの内部イメージングや、構造・電子状態などを非破壊で精密に分析できる、東北大学青葉山キャンパス内に建設された世界最高水準の先端放射光施設です。
 
 
 
 

 問い合わせ先 

【研究に関すること】

東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
センター長
(大阪大学 産業科学研究所 兼務)
教授 千葉 大地(ちば だいち)
TEL: 022-217-6357
Email: dchiba*tohoku.ac.jp
 

【報道に関すること】

東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS)戦略室
TEL: 022-752-5139
Email: sris-senryaku*grp.tohoku.ac.jp
 
※E-mailは*を@に置き換えてください。

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東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
〒980-8572 仙台市青葉区荒巻字青葉468−1

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